本好きナースマン

色んな本を読んで日々の生活に潤いを与えています。目指すは年間100冊読了。

釧路の歴史探訪① 神八三郎

一昨年、世界遺産検定2級を取得し、1級もいつかは取得したいと思い、時間あるときにテキストを眺めたり、世界遺産のテレビを見ながら過ごしています。

また、世界だけじゃなく、日本、北海道、釧路の歴史についてももっと興味を持っていこうと思います。

以前、史跡北斗遺跡について投稿しましたが、今回は神八三郎さんについて触れてみます。

 

そもそも、釧路といえば湿原、魚といったところは全国的に有名です。

産業でいえば、かつては炭鉱、漁業、製紙が釧路を支えていました。

釧路には2つの大きな川(釧路川と新釧路川)があり、3つのエリアで見ると釧路川より東で太平洋炭鉱、川と川で挟まれた中央で漁業、新釧路川より西側で製紙工場(日本製紙王子製紙)という感じでバランスよく産業が栄えていました。

 

それよりも前には馬産が有名だったようです。港町なのに?馬といえば新冠などもっと有名なとこがあるイメージでした。

 

神八三郎さんは津軽で生まれ、明治26年に釧路地方に入植したようです。

現在の大楽毛に記念館と銅像がありました。


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大楽毛はおたのしけと呼びます。アイヌ語でオタ・ノシケ(砂浜の中央の意)低湿泥炭地のため、農耕には不向き。

神さんも、農場経営に失敗し、馬の牧場を手がけ、馬匹改良に取り組む。

日本三大馬市場(大楽毛、盛岡、三本木)の1つ大楽毛家畜市場を開設、30余年かけつくりあげた釧路種が、昭和7年に改良国産馬として認定。戦前には数十万頭いたそうですが、戦後、需要の衰退と共に血統は絶滅したようです。

 

私が釧路に来たのは、2003年頃。当時は何も感じなかったが、あの時は町の中で飼われている馬がいた。もちろん、純血の釧路種ではないと思うが、1つの歴史を辿っていくことで、新しい釧路が見えてくることに感動した。今、釧路は炭鉱の閉山、製紙工場もかつての勢いがなくなり、漁業も温暖化などによる漁獲量の減少、人口減少もさらに勢いをましています。

しかしながら、夏の釧路は本当に過ごしやすい。8月からピーチ航空による釧路ー成田就航されました。ぜひコロナが落ち着いたら遊びに来て下さい。

また、時間あるときに釧路の魅力発見していきたいと思います。

 

●アクセス

神馬事記念館