桜木紫乃さん ブルース
没落した社長夫人が新聞に見つけた訃報、それはかつて焦がれた6本指の少年のものだった。霧たちこめる釧路で生まれた男が、自らの過剰を切り落とし、夜の支配者へとのしあがっていく。男の名は影山博人。貧しく苛烈な少年時代を経て成熟していった男は、女たちに何を残したのかー。謎の男をめぐる8人の女たちの物語。
影山博人は貧しい家で育ち、6本指というハンディを抱えていた。しかし、影山は中学生から女を虜にするテクニックを身に付けていた。桜木さんの作品では、あまり濡れ場らしい作品は少ないイメージだか、ブルースでは濡れ場を描く描写が多い。読み手をドキドキさせるシーンも多く、影山という男の圧倒的な存在感を示す一つの材料になっている。
⚫恋人形
柏木牧子という球体関節人形教室の講師。牧子が中学生時代に同じ中学生だった影山博人との出会いを描いている。
「高台」と「下の町」という住む世界が違う二人の出会いや別れを描く。今でこそ、釧路は平地に大部分の街が形成されているが、ひと昔前の釧路ではその平地のほとんどが湿原であった。釧路川より東、今の南大通りの辺りが中心であった。山の上には警察や市役所などがあった。高台の女性と下の町のスラムのような所で育った博人の話を描く。
作中に「高台は柵もない崖縁で唐突に終わり、赤い土が露出した崖肌からは雨が降るたびに赤い泥水が流れ落ちていった。崖と産業道路に挟まれた、泥水に流されそうな場所に下の町はあった。」とある。産業道路という名称は今でも存在し、釧路市から標津町まで続く国道272号を指す。
⚫楽園
三上敏江という女性の話。染物店に勤めている。博人はプレス機で指を挟め、手術で切断することになる。そして、精神病院に入院する母の死。博人は普通を手に入れるため、楽園に向かうため片方の指も5本にする決断をするために、敏江の協力を得る。
楽園では中央病院や丘の上病院というキーワードがある。中央病院というのは現在でも釧路中央病院として存在している。現在は黒金町から幸町に移転しているが、街の中心部にある。おそらく、この染物店も中心部にあったものと思われるのでモデルになっているかもしれない。丘の上病院という名前はないが、実際に丘の上の方に別の名前で精神科病院が存在しているので、そちらがモデルになっていると思われる。
⚫鍵
柿沼美樹という女性の話。
⚫ブルース
田所圭という女性の話。圭と博人は同じ下の町で育った友人関係であった。
⚫カメレオン
まち子という女性の話。ススキノで働いており、博人の勧めで釧路へ行くことに。
「緊張しながら降り立ったホームには、機械油と磯のにおいが漂ってきた。まち子は改札を出てすぐに、駅から飛び出した。駅の前にはテナントの看板が並ぶビルやホテル、本屋の看板。街頭放送で高らかに流れている金市館のCMソング。」とある。
金市館は現在のホテルルートインがある所に存在した。北海道の丸友産業が経営する百貨店で(のちにラルズに併合され存続)、当時は釧路駅を出てすぐのところにあった。最盛期の釧路は駅前から繁華街までたくさんの大型店がひしめいていた。
⚫影のない街
絵美という女性の話。この頃になると影山博人は釧路の経済を動かしているほどの人物になっている。
千雪という女性の話。千雪の兄は酒店を営む。
⚫いきどまりのMoon
莉奈という女性の話。カメレオンで登場したまち子。札幌の飲み屋で仕事をしていたが、借金に追われ、影山に助けられる。そのまち子には娘がいた。それが莉奈である。
ひとつひとつの作品はそれほど長くなく、読みやすい。そして、翻弄される女性たち、翻弄する影山博人という1人の男。女性たちの揺れ動く心情などにも注目したい。