本好きナースマン

色んな本を読んで日々の生活に潤いを与えています。目指すは年間100冊読了。

隣に棲む女  春口裕子

本書は全6編が収録されている。

個人的には6編のうちの「蝉しぐれの夜に」が一番印象深かった。

本書の解説をしている藤田香織さんが筆者のことを「イヤ汁マスター」と呼んでいるそう。称賛している言葉であり、「イヤ汁」とは、2003年に刊行された酒井順子さんの大ベストセラー『負け犬の遠吠え』で言及され、一気に広まった言葉で、<欲求不満とかあがきとか言い訳とか嫉妬といったものがドロドロまざった上で発酵することによって滴るもの>のことであり、一般的には嫌悪されるもの。出来ることなら、そんなものを滴らせたくないし、他人のそれも見ないふり、気づかぬふりでやり過ごしたいと思うもの。

しかし、世の中綺麗ごとばかりでは生きられないのもまた事実。他人を憎まず、恨まず、羨まず、にっこりほほ笑む毎日を過ごすことができる人などそうはいない。さりとて、リアル社会でそうした負の感情を、安易に垂れ流せば、めぐりめぐって自分の首を絞めることになる危険性もある。

心の中でドロドロと溜まってしまった「イヤ汁」は、外に漏らしてはいけないと思えば思うほど発酵がすすみ、いつしか強烈な臭いを放つようになりかねない。そんなとき、解毒剤となってくれるのが本書のような「イヤ汁小説」ではないかと思うと藤田さんは述べている。

 

蝉しぐれの夜に

個人的には、これが一番印象に残った。4人の高校時代の同級生。男女の双子を持つ茜、出来ちゃった婚をした歩美、独身で研究職に就く和希、そして仕事も辞め、不妊治療中であることを誰にも打ち明けられずにいる小夜子。

小夜子の目線で物語は進んでいくのだが、子供に恵まれ、充実感を丸出しにし、早く子供作っちゃいなとマウントをとる茜、茜自身は悪気はないのだろうが、不妊治療に苦しんでいる小夜子にとってそれは何よりも耐えがたい日々。そして、その苦しみは実は小夜子だけではなく、出来ちゃった婚をした歩美も苦しめていた。男の子を産まないといけない義母からのプレッシャー、2人目になかなか恵まれないため、歩美もまた小夜子と同じ病院に通院していた。歩美は茜からのマウントに耐え切れず、事件を起こしてしまう。そして、同じ境遇だとわかったとき、歩美の独り言のような「ずっと一緒に頑張ろうね。この苦しみが分かるのは女同士だけ。同じ経験を持つ者同士だもの。」で物語は終わる。

そして、これは冒頭の書中見舞いのハガキにつながる。この差出人は歩美だが。ハガキやメールで妊娠6カ月や7か月の経過報告をしてくるのだった。まったくもってどの口が言うという感じである。同じ苦しみを経験していたのだからこそ、小夜子に連絡することがどれほど苦しめているか分かっているのではないのか??嫌がらせレベルの話である。読み終わってなんとも言えない感じになってしまった。

 

個人的に、うちも長く不妊治療に苦しんでいたので、小夜子の気持ちはよくわかる。出来ない時は他人の子供の話を聞くことや年賀状の幸せ全開のハガキは見るのが辛い時期もあった。だからこそ、自分たちは子供が出来ても年賀状に子供を載せないつもりでいたはずなのに、気づけば載せてしまっていたこともある。色々と感じさせれた。

 

他の②~⑥についても面白かった。②のホームシックシアターは推理系の要素もあり、好きな内容であった。内容は是非読んでいただいたらと思います。

 

②ホームシックシアター

③オーバーフロー

④ひとりよがり

⑤小指の代償

⑥おさななじみ